モリタン55年の軌跡

個人商店から変革を重ね55年間をご案内します。

●1947年(昭和22年)

 当社の創業者「森 丹治」(モリタンジ)が、紋別市内で塩干魚と魚粕を扱う森丹治商店を立ち上げました。

 名称である「モリタン」は創業者の氏名の一部から付けられています。

 これが始まりであり、法人成立する14年前から個人商店として運営されていました。

●1961年(昭和36年)

 創業者夫妻で商店を切り盛りする傍ら、昭和30年ころには枝幸(えさし)町で魚の乾燥工場を立ち上げました。

 スリミと魚粕製造を主業とする「株式会社森丹治商店」を設立し、会社としての歴史がスタートしました。

 当時の資本金は300万円でした。この時に枝幸の工場は枝幸出張所になりました。

●1964年(昭和39年)

 冷凍分野に進出しました。紋別市に冷凍・冷蔵工場、冷凍すり身工場を新設し、飛躍の契機となりました。

 資本金を1,000万円に増資し、塩干魚、から転換を図ることとなりました。


●1968年(昭和43年)

 創業者の水産専業のリスク回避の考えから、農産加工分野の進出を決断しました。

 2,500万円に増資のうえ岩見沢市に農産・調理冷食を製造する工場を設立しました。岩見沢を選択したのは産地の中央に位置し集出荷に優位性があり、苫小牧の港、千歳の空港に近かく農産加工の拠点として適していたとの判断でした。同年には枝幸出張所にも冷凍・冷蔵設備を行っています。

●1970年(昭和45年)

 後継者不足に悩む株式会社佐竹事業所を吸収合併し、この時から漁撈部門を設立することとなりました。

 翌年には船を新造しています。


●1973年(昭和48年)

 当社の経営基本理念「北海道の農漁業経営者とともに、新鮮な素材にこだわる食品づくりを推進する北海道の総合食品メーカー」が具体化した年です(社史より)。

 このころから大量供給を目指した大規模化を推進していくこととなります。

●1974年(昭和49年)

 資本金を4,000万円に増資し、農産食品の栗沢食品工場を新設しました。

 指定生産農家との絆となる「最低価格保障制度」を導入。

 売上高20億円を達成しました。


●1978年(昭和53年)

 北海道産の生鮮品の付加価値を高め、広く消費者に提供するためには、全国を視野に入れた営業活動が不可欠との考えから東京に支店を開設し市場開拓を始めました。営業部が稼働を始めたのはこの時期です。

 その後、全国主要都市に営業所を展開しています。

●1982年(昭和57年)

 社名を「株式会社森丹」に変更、前年には紋別本社に冷凍食品工場を新設、所有の佐治丸も新造しました。

 売上高も80億円になりました。

●1988年(昭和63年)

 社名を「株式会社モリタン」に変更、水産事業部、農産事業部、営業部、管理部の組織形態となりました。


●1989年(平成元年)

 資本金を8,000万円に増資、翌年には岩見沢の工場を移転新設しました。投資額はこれまでの最高額となり、会社としての業務拡大態勢を築く転換の年となりました。


●1993年(平成5年)

 岩見沢工場にパン粉工場を新設し、今日の「道産小麦100%のパン粉づくり」の道筋を拓きました


●1995年(平成7年)

 岩見沢工場にコロッケ製造ラインを増設しました。

●1997年(平成9年)

 代表が創業者から二代目の森有司に交代。

●1998年(平成10年)

 第二佐治丸から第三佐治丸に引継ぎ、船の近代設備化をしました。

●2003年(平成15年)

 新パン粉工場を設立し、「まるごと北海道」の出発点になりました。

●2007年(平成19年)

 代表が三代目の石田明敏に交代。この時から創業者一族以外の社員が代表に就任する歴史が

 始まりました。

●2009年(平成21年)

 東京支店を自社ビルとなる新社屋にしました。営業態勢を強化できる設備として大型の投資となりました。

●2011年(平成23年)

 代表が現在の平井章裕に交代しました。

 これより三工場の近代化に着手していくことになります。

●2013年(平成25年)

紋別工場に帆立工場を新設しEU HACCP を取得しました。


●2015年(平成27年)

栗沢工場を増改築し設備を一新しました。


●2017年(平成29年)

 岩見沢新工場が竣工し、操業を開始。

 次世代に向けた三工場の近代化が完了しました。


●2018年(平成30年)

 当社の将来を担う、皆さんの採用にまい進します。